「英語をしゃべるとバカになる」という話を聞いたことがあるでしょうか。英語を話すには高度な情報処理が必要です。脳がその作業に追われてしまい、肝心の話す内容がおろそかになってしまうらしいのです。そのため話す内容のレベルが低下して「バカ」になるというものです。
私も海外で英語を使う仕事をした時期がありましたが、苦労したのが夕食の席でした。お酒を飲みながらのコミュニケーションは予想以上に大変でした。酔うと簡単な単語さえも思い出せずに、言いたいことの半分も言えなくなってしまいます。英語を話すと脳に負担がかかっていることが実感できました。
英語教育に関心のあるお母さんなら子どもには「英語ペラペラ」になって欲しいと思うはずです。しかし現実、英語ペラペラの小学生はほとんどいません。なぜなら、英語を話すのは小学生では難しすぎるからです。
ただ、英会話の仕組みと難しい部分を意識すれば、対策がハッキリと見えてきます。今回の記事では、小学生でもスピーキング力を伸ばせる有効なトレーニング法を紹介します。
英語を話す人の頭の中はどうなっているか
私たち日本人にとって日本語は母国語です。「言いたい何か」を頭に思い浮かべれば瞬時に日本語の文が口から出てきます。このとき日本語の文法を意識することはありません。人間の本能により文法を自然と身につけた結果です。
この能力は7歳くらいで急速に衰え、たとえ外国語の環境に移動しても日本語を覚えたようには自然と身につけるのは困難になります。外国語を身につけるためには勉強をするしかありません。
もちろん、子どもの中にはネイティブではないのに英語をスラスラと話せる人がいます。彼らを見ていると「なぜあんなにスラスラと英語を話せるのだろう」と不思議に思うかもしれません。でも、頭の中の活動を細かく見ていくと、決して簡単に話しているわけではないことがわかります。
ここでは「英語を話す」という行為を段階に分けて図で説明します。このプロセスを正確に理解したあとに、「小学生でも英語をペラペラと話すことができるか」について考えてみます。
第1段階:状況を把握し、言いたいことを思い浮かべる
まず、言葉に出す前に「状況」があります。例えば「レストランで友人と食事をしているシチュエーション」です。最近起きた出来事や考えたことなどをお互い話しながら、ランチを楽しんでいる状況です。
状況が明確になると、使用する英語の丁寧さが決まります。誰かの了解を得るなら、かしこまった場では“Would you mind~?”を使用し、友達なら“Is it OK if~?”で充分です。話すときの状況は英語表現に影響を与えるので大切な要素です。
そして次に「言いたい何か」を頭に思い浮かべます。この時点ではボンヤリとしたイメージのです。例えば、次のようなことが該当します。
目の前にいる友人はグルメ好きである。そういえばここに来る途中、レストランの前にオープン待ちの長い行列ができていた…。そうだ、この話を友人に教えてあげよう!
この時点では「言いたい何か」は言語化されていません。イメージと感情が合わさったボンヤリとしたものです。次の第2段階で、このボンヤリとしたものを言語(英語)で伝えます。
第2段階:単語力と文法力
ではこのボンヤリとしたイメージを言葉に変えるにはどうしたらいいのでしょうか。それには2つの要素が不可欠です。それは「単語力」と「文法力」です。すでに説明したとおり、8歳以上の日本人は単語も文法も自然に身につきません。学習が必要です。
先ほどのイメージを日本語にすると「ここに来る途中そのレストランのそばを通ったら、オープンを待つ長い行列があった」となります。この文を作るために必要な主な単語を挙げてみます。
on one’s way here:ここへ来る途中
a long queue (line):長い行列
wait for:~を待つ
次にこれらの単語を組み立てるために必要な「文法」の学習項目を挙げてみます。
・現在分詞の限定用法
・過去形
・to不定詞
ネイティブなら6歳の子どもでも言える内容です。ただ、日本人が英語で話すにはこれだけの知識が必要です。単語のレベルは中学校レベルです。文法に関していえば分詞構文は高校英語、その他は中学英語です。
では、高校生まで英語を真面目に学習していれば、この英語がすぐに口から出てくるのでしょうか。答えはノーです。なぜなら、「知っているだけ」の知識では「使えない」からです。もう少し詳しく解説します。
第3段階:必要な情報を引っ張り出せる能力
そもそも、たくさんある単語の中から適切な言葉を選んだり、使えそうな文法事項がすぐに頭に思い浮かべられたりできるまでには相当な訓練が必要です。何年も前に習ったことでも一瞬で引っ張り出せなければいけません。
頭で覚えているうちは「ただの知識」です。学校の英語の授業では、教科書を読み先生の説明を聞いて、問題集などに取り組みながら正しい知識を身につけられます。しかし、どんなに内容を理解してもこれでは「知っているだけ」です。
「知っているだけ」から「使いこなせる」までのレベルには相当な差があると思ってください。頭で覚えるのではなく「口の筋肉に覚え込ませる」くらいの訓練が必要です。話すためには「話す」訓練をしなければいけません。
第4段階:正しい発音で声に出す
最後にようやく英語を話します。
(ここに来る途中レストランのそばを通ったら、オープン待ちの長い行列を見たよ)
このときに英語を日常的に使用する人達がストレスなく聴き取れる発音ができなければ、相手には伝わりません。単語を正しい発音で覚えるのはもちろん、英文となったときに特徴的な音の変化(消失・連結・変化)やイントネーションも身につけなければいけません。
発音に関してはネイティブレベルにこだわる必要はありません。世界で英語を使って日常的にコミュニケーションをしている人のうち、ネイティブは2割程度であり、残りはノンネイティブだからです。どこの国の人にも伝わる「標準的な英語」を話すことが肝心です。
上記のように、日本人が英語をスラスラと話すためには4つのステップをクリアしないといけません。さらに英会話を難しくしているのは「時間」です。「イメージ」から「発話」まで少なくとも2秒以内に処理しないと会話が間延びしてしまいます。
短時間に高度な処理をしつつ、話し終わる前に次の内容のイメージを思い浮かべなければいけません。英会話は簡単にできるものではなく、長期的な訓練が必要です。
自由な英会話は小学生には難しすぎる
では「小学生でも英語がペラペラと話せるかどうか」について検証します。
スピーキング練習で効果的なのは、「普段自分が日本語で話している内容どんどん英語にして、話せる表現を増やしていく」という方法です。これを続けるだけで、どんどんスピーキング力は向上していきます。高校生以上ならどんどんやるべきです。
ところが、小学生にこのトレーニングをやらせてもうまくいきません。その原因について説明します。
文法力・単語力が低すぎる
まず語彙力が低すぎます。一般的な小学5~6年生の語彙力(ボキャブラリーレベル)は、せいぜい300語程度です。これは言葉を話し始めた2歳児と同じくらいのレベルです。これでは小学5年生が普段考えることを英語で表現するのは不可能です。
自分の思考を自由に表現するには最低2000語レベルの語彙力(大学受験レベル)が必要です。根拠は、学習者向け英英辞書として定評のあるロングマンで定義に使われる語彙が2000語レベルだからです。2000語を使いこなせれば、ほとんどの表現を網羅できる証拠です。
もう一つの大きな問題は、文法を知らなさすぎることです。小学校では本格的な文法学習はしません。「主語+動詞+目的語…」の基本的な語順でさえも理解しているか怪しいレベルです。これでは英文を組み立てることができません。
文法力と単語力が低いレベルにもかかわらず、「さあ、自由に英語を話してごらん」と呼びかけても無言になるのは当然です。
「言いたいこと」と「言えること」のギャップが大きすぎてストレスになる
この事情がわかっていないネイティブや英語の先生は「間違いを恐れるから話さない」と勘違いしています。そうではなくて「話せない」のです。
「言いたい何か」と「実際に言えるレベル」の格差が大きすぎて、子どもにはストレスがかかります。これを繰り返していくと子どもたちは英語嫌いになっていきます。
日常会話は「自由工作」
「普段自分が日本語で話している内容をどんどん英語にして、話せる表現を増やしていく」という方法は、例えるなら自由工作のです。「何を作っても何を使ってもいいから」はかえって難しいです。
何を作るか、どのような材料が必要か、使える工具はどれか、色はどうするかなど考えなければいけないことが多すぎます。
夏休みになると書店では工作キットのコーナーが設置されます。これは、自由工作の悩みから解放されたい子どもや親達の需要があるからです。
日常会話は小学生には難しすぎる
結論ですが、小学生の間に英語をペラペラと話せるようにはなりません。小学生のうちに英語ペラペラになることはほぼ不可能です。
しかし問題ありません。実は小学生でも取り組める効果的なスピーキングのトレーニング方法があります。それは「音読」です。スピーキングだけでなく、英語にかかわるすべての技能の向上が期待できます。小学生のうちから始めると中学生になればメキメキと英語力が向上します。
小学生でも取り組める「音読」とその効果について、以下詳しく説明します。
音読練習が効果的
英語学習において「音読」が効果的であることは、昔から知られています。でも多くの人は正確に音読の効果について理解できていません。そのため、ただ文字を読み上げるだけとか、流行りの「シャドウイング」だけ取り組んで効果を実感できずにいます。
音読練習は「プラモデル」のようなもの
大人向けのスピーキング練習方法が自由工作なら、音読練習は「プラモデル」です。音読トレーニングの詳細を下の図にまとめました。
プラモデルの特徴は「作るものはあらかじめ決められていて、必要な材料はすべて揃っている」ということです。そして指定された通りにパーツを組み立てると、誰でも格好いいロボットや車などを組み立てられます。
音読トレーニングには原稿(スクリプト)と音源(モデルリーディング)が用意されています。自由に話す代わりに、ネイティブの話す正しい英語をあたかも自分の言葉として声に出して読みます。
これなら12歳の知的レベルに近い内容を扱えるので、子どものストレスはかなり軽減されます。
パーツが単語、組立説明書は文法
実際のスピーキングでは、どの単語と文法を使うかを一瞬で考えなければいけません。しかし、小学生はほとんど単語も文法も知りません。そのため英語で話せる内容は非常に限られてしまいます。
音読では原稿があり、使用すべき単語と文法が用意されている状態です。これはあたかもプラモデルでパーツ(単語)と組立説明書(文法)が一式箱に入っているようなものです。
英会話の最も難しい部分(適切な単語と文法を選ぶこと)を「あらかじめ用意」してあげます。こうしてハードルを下げて、小学生でも英会話の疑似体験ができるようになります。
音読の具体例
実際の音読練習がどのようなものかを理解するために、具体例を見ながら体験してみましょう。まず、教材を用意しなければいけません。最低限必要なのは、「ネイティブによるモデル・リーディング(模範となる音読)を録音したもの(CD/録音データなど)」とそれを文字に起こした「スクリプト(原稿)」の2つです。
*私の知り合いのPaul先生にお願いして、オリジナル教材を作ってみました
・音声ファイル
・スクリプト
I’m from America. (わたしはアメリカから来ました)
This mug is on the shelf. (このマグカップは棚にあります)
These mugs are also on the shelf. (これらのマグも棚にあります)
This mug is beautiful. (このマグは美しいです)
These mugs are plain. (これらのマグは味気ないです)
This camera is old. (このカメラは古いです)
This camera is new. (このカメラは新しいです)
Old camera, new camera. (古いカメラに、新しいカメラ)
Smile! (笑って!)
This is a little pen. (これは小さいペンです)
This is a big pen. (これは大きいペンです)
Little pen, big pen. (小さいペンに、大きいペン)
This is not a toy. (これはおもちゃではありません)
This is a real pen. (これは本物のペンです)
Dear Mother, (お母さんへ)
This is Paul. (こちらはポールです)
That’s me! (それ、私のことですよ!)
子どもの場合、原稿が読まれている状況を理解するのが難しいことがあります。原稿が読まれている状況がひと目でわかる動画もあると理想的です。
・動画
一回の原稿の量はおよそ70語が良いでしょう。これは聴き取りやすいスピード(120語/分)で読まれた場合、40秒前後で完結する文量だからです。これくらいの長さなら小学生でも集中力を切らさずに取り組めます。
また一つのスクリプトにつき文法テーマを1つに絞ったものが理想です。イメージは中学校の英語の教科書です。中学校の英語教科書は内容が退屈であることが欠点ですが、音読用の素材としては優れています。今回の素材なら「This is~やThese are~」がターゲットとなる表現です。
音読練習の方法は多岐に渡り、ここではすべてを紹介できません。そこで、そのうちのひとつ「シャドウイング」と呼ばれる練習方法について説明します。前提条件として、単語や文法を充分に理解して、正しい発音で音読できる状態になっていることが求められます。
シャドウイングではスクリプトは一切見ません。音声を流し、聞こえてきた英語をそっくりそのまま真似をしながら後からついていきます。およそモデル音声から2~3語遅れてついていくのが理想です。
音への集中力が必要です。単語と文法を熟知しているはずなので、正しく聴き取れるはずです。「知らない単語は聴き取れない」とよく言われますが、「覚えたからこそ聞きとれる」ということを体感できることに意義があります。
最初は音を追うだけで精一杯です。しかし、慣れてきたら内容も理解しながら、自分が誰かに話しかけるようにしゃべると学習効果が高まります。このときに動画があると比較的容易に映像を思い浮かべることができます。これこそが「英会話の疑似体験」です。
このようなトレーニングを年単位で続けることにより、少しずつ自由に英語を話すための基本ができあがります。
音読トレーニングは英語の全ての技能を高める
今回はスピーキングに焦点を当てて紹介しています。でも音読トレーニングが優れているのは、英語にかかわるすべての技能を向上させる効果があることです。下の図の黄色いハイライトの部分に注目しましょう。
まず、素材となる原稿を読む(Reading)ことから始めます。このときに未習の単語や文法を学び(単語力・文法力)内容を理解します。
次に音読にはモデルとなるネイティブの音声を使用します。この音声を何度も聞きながら声に出すトレーニングをします(Listening・Speaking)。音読するときはこの原稿が読まれている状況を考えることが大切です(丁寧さの使い分け)。
声に出すときは、それぞれの単語の発音とアクセントに気をつかうのはもちろん、英語特有の音の変化(消失・連結・変化)をまねます。そして内容によっては感情も込めます。
音読の最終段階では、ディクテーション(口述筆記)をします。聞こえた英文を文字に書いて、正しく聴き取れたかどうかをチェックします。このときに綴りや文法のミスにも気づくので、Writing力を伸ばせます。
先述のように、普通の小学生は英語をペラペラと話すことはできません。
でもプラモデルのように「会話を疑似体験できるセット」を用意してあげれば、スピーキング力を中心に英語のあらゆる技能を伸ばすことが可能です。音読トレーニングは小学生だけでなく英語の基礎を身につけた中級者にとっても効果的です。
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まとめ
ノンネイティブが英語を話すとき、頭の中の活動は想像以上に複雑です。特に、イメージを言葉にするときに「必要な単語」と「必要な文法」を瞬時に引っ張り出すにはかなりのトレーニングが必要です。
語彙力や文法力が低い小学生に、自由な英会話の練習をさせようとしてもうまくいきません。単語や文法のインプットが不十分だからです。普通の小学生が英語をペラペラと話せるようにはならないのは当然のことです。
しかし、小学生でもスピーキング力を磨く練習をすることは可能です。それは「音読」です。音読では自由な英会話では難しかった部分(適切な単語と文法を瞬時に思いつく)があらかじめ用意されています。
「言いたい何か」をイメージするところから、音声として話すまでの過程で必要なすべての情報がプラモデルのキットのように準備されています。これにより、実際の英語力よりも高いレベルの会話を扱うことができて、年齢相応の内容を話す疑似体験が可能になります。
「小学生が英語ペラペラ」になることはほぼ不可能です。でも、音読トレーニングを通じてスピーキング力を他の技能とともに伸ばすことは充分可能です。年単位で続ければ近い将来あなたの子どもの英語力は劇的に伸びます。